ログインのパスワードを忘れて放置していただけですが……。
誰も見ていないと思いますが、改めて注意書きをば。
※このブログは未来の自分への備忘録を目的として使わせて頂いております、過度な期待や不適切な批判等は差し控えて頂けると幸いです。もし、リアル知り合いの方等で当ブログを見つけてしまっても見なかったことにして忘れて頂けると感激至極。
閑話休題
大学4年生から後の人生をまとめて記録しておきます。
------
†大学4年
彼女を作って浮かれながら幸せな日々を過ごす。
就活が決まらずに、大学院進学を決意すると同時に一人暮らしも始める。
8月に無事大学院への進学を果たす。
T研究室に配属されKinectを利用した集団参加型のゲームをプロジェクトで作ろうとするも、頓挫。
10月頃まで卒論の内容が固まらずふわふわ遊び呆け、だいたい2〜3ヶ月で内容がない卒論を作り上げるも、なんとか無事に卒業出来ることになる。
近所のゲオで漫画を借りて読みふける。
知り合いのほとんどが大学院への進学が決定し、変わらず楽しい日々を過ごす。
†修士1年
修士の授業が始まる前に友人S君から衝撃的な報告を受ける。
プロジェクト型の授業が多くなり、話し合いや制作などに時間をかけるようになるが頑張る。
Worldiaという来場者参加型の展示会運営に参加し、マネージャーを任されるが完全に潰れてしまい彼女と大喧嘩する。
秋頃から就活が本格化するが、授業と展示会に追われ、とりあえずなんとかなるだろうと甘い考えの元殆んど何もしない。
だいたいを一人暮らしの家で過ごす。
†修士2年
研究室でハプティックスーツの開発をする。論文発表のために台湾へ初海外旅行を果たす。
そうこうしている内に行きたい会社を全て落ち、公務員を目指すことを考える。
夏が過ぎても内定がもらえず、新卒という肩書きの為に1年留年することを決める。
冬には彼女の卒論を手伝い、春になった頃には一緒に進学した友達と彼女の卒業を見送る。
†修士2年(2回目)
前期を休学する届け出を出し、公務員試験対策を自学で行いながら去年落ちた会社にリベンジをするも、結果は全てダメ。
前期を全て懸けた公務員試験も2次の集団面接で悪い司会を引いてテンパって大コケ。まぁ、仮にその人がいなくても3次で落ちていた気もするが。
最悪の気分を引きずりながら、その後の就活に身が入らず、とりあえず卒論を準備する。
雇ってくれるという社長さんから声をかけて貰えるも、その会社でやっていく自信もなく公務員になりたいという思いから断ってしまう。
彼女の手伝いとして初冬コミに行く。
彼女の口添えもあり、2月からアルバイトを始め、iOS開発の勉強をする。
無事になんとか卒論をごまかしごまかし終え、1個下の後輩達と一緒に学校を卒業。
†フリーター?
その後は上記の会社でiOS開発を週5で担当させて貰いながら、就活と公務員試験を頑張ろうとするも、週5で働くと思った以上に余裕がなくどちらも殆んど進まない状況。休日はほとんどオンラインゲームをして過ごす。
7月頃にその会社からもウチで働くか?と打診して頂けるも、悩んだ末結局公務員になりたい思いが捨てきれず断る。
半ば断ってしまった居心地の悪さと公務員試験勉強を集中して行いたい気持ちから8月頃にアルバイトを辞める。
秋頃に公務員試験を受け筆記試験は合格するも、面接で敗れ心が折れる。
彼女からの勧めもあり、一度休憩する意味も込めて12月頃までオンラインゲームで遊び呆ける。
年を越すと、彼女が病気がちになり看病に終始する。1月頃から痛風が悪化し、動けない状態に陥る。
2月になると母親がガンであることが発覚し、慌ててアルバイトを探すも続けざまに彼女もインフルエンザにかかり、看病を優先して日々を過ごす。
3月になると彼女の看病から自分もインフルエンザに感染し、そのせいか痛風がぶりかえしてほとんど身動きが取れなくなる。
†ニート
こうして完全に働かないニートとなり、お荷物が出来上がる。
4月から心を入れ替えて働こうとするもアルバイトにするか正社員としての仕事を探すか、なんやかんやともやもや悩んでいる間に5月になり、5月には先輩から仕事の紹介をして貰うも紹介先の人から要らないという判断をされ申し訳なさで心がもやもやする。
6月にはようやくまともに就職活動をしているものの、書類を書いたり添削・修正で時間を取られて結局何も決まらないまま終わる。
そして今に至る。
------
とりあえず自分の中で大きかったと思う出来事だけを抜き出してみた。
これだけでは備忘録の意味がないので、覚えている限りで詳細な記憶を次回の記事に起こそうと思う。
今回はこれまで。
スポンサーサイト